秋の訪れとともに、どこか無性に食べたくなるスイーツがあります。それがモンブラン。渦を巻く黄金色のマロンクリームに、ふんわりスポンジ、ホワイトのクリームが重なる、あの特徴的な佇まい。一口頬張れば、ほっくりとした栗の甘みがじんわりと広がり、口の中でとろけるように溶けていく——。実はこの愛すべきスイーツ、その原型を日本で作ったのは一人の日本人パティシエだったことをご存知でしょうか?今回は、ヨーロッパ生まれでありながら「日本が育てた洋菓子」ともいえるモンブランの歴史と進化をたどります。

ヨーロッパに誕生した「白い山」の菓子
モンブランの名前は、フランスとイタリアの国境にそびえるアルプス最高峰「Mont Blanc(モン・ブラン)」——フランス語で「白い山」を意味する名峰から取られています。標高4,807メートル、雪をいただく荘厳な山の姿を、白いホイップクリームで覆われたケーキに重ねたのが、その名の由来です。
ヨーロッパでモンブランが菓子として登場したのは、19世紀ごろとされています。フランスとイタリアでは、マロン(栗)をペースト状にしてスパゲッティ状に絞り出し、山の雪をイメージしたホイップクリームをのせるスタイルが定番でした。フランス本家のマロンペーストはブラウン色で、使う栗も「マロングラッセ」など洋栗(ヨーロッパ栗)が中心。一口食べれば、ほんのりビターでナッティ、どこかエレガントな大人の余韻が口いっぱいに広がります。クリームと栗の甘みが絶妙に絡み合い、しっとりとした口どけを楽しめるこの菓子は、ヨーロッパの上流階級のサロンや老舗カフェを彩るデザートとして、長く愛され続けてきました。

日本上陸の原点――自由が丘「モンブラン」創業者の情熱
モンブランが日本に本格上陸したのは、1933年(昭和8年)のことです。東京・目黒区の自由が丘に洋菓子店「MONT-BLANC(モンブラン)」を創業したのが、パティシエの迫田千万億(さこた ちまお)氏でした。
迫田氏はヨーロッパを旅した際、アルプスの麓シャモニーでモンブラン山の壮大さに深く感動。その美しさをケーキで表現したいと心に誓い、帰国後に試行錯誤の末、独自のモンブランを完成させました。店名にモンブランの名を使う許可を得るために、わざわざシャモニー市長やホテルモンブランのオーナーを訪ねたというエピソードは、彼のひたむきな情熱と誠実さを物語っています。
そしてここで生まれたのが、後の日本のモンブランの原型ともいえる黄色いマロンクリームのケーキです。モチモチとした食感の台座に、ふんわりとした生クリームを重ね、そこにスパゲッティ状に絞り出したクリームが山のようにこんもりと盛り上がる。この見た目のインパクトと美味しさが、東京の洋菓子文化に新風を巻き起こしました。

なぜ日本のモンブランは「黄色い」のか?
ヨーロッパ本家のモンブランが濃いブラウン色なのに対し、日本のモンブランはなぜ鮮やかな黄色なのでしょうか。その秘密は原料にあります。
フランスやイタリアではヨーロッパ栗を使いますが、迫田氏が選んだのは日本人に馴染み深い栗の甘露煮からつくったマロンペーストでした。蜜でしっとりと炊かれた甘露煮の栗をなめらかに裏ごしすると、自然とあの温かみのある黄金色のペーストが生まれます。ほっくりとした和栗の甘みとやさしい香りが、バタークリームやホイップと溶け合い、サクサクのメレンゲ台とともに口の中でとろけるような至福の一体感を生み出すのです。
この「黄色いモンブラン」は日本人の舌と心をとらえ、あっという間に全国の洋菓子店へと広まっていきました。迫田氏があえて商標登録をしなかったことで、誰もが自由にモンブランを作れるようになり、それが全国普及を一気に後押しすることになります。一人の職人の寛大な判断が、日本のスイーツ文化を豊かにした——そんな美しいエピソードが、このケーキには込められているのです。
現代に咲く、モンブランの百花繚乱
現代の日本では、モンブランはさらなる進化と多様化を遂げています。老舗パティスリーが丁寧に炊き上げた和栗モンブランから、パリパリのパイ生地を台座にしたサクサク食感のモンブラン、モンブランをタルトやドーナツに組み合わせたユニークな創作スイーツまで、その表現は無限大。秋になればコンビニや回転寿司チェーンまでもがモンブランを競って発売するほど、日本に根付いたスイーツとなりました。

また近年では、丹波栗や小布施栗、利平栗など産地にこだわった和栗専門のモンブランも人気を集めています。栗本来のホクホクとした食感と、芳醇で上品な甘みを最大限に引き出すため、その日の朝に仕上げる「作りたて」にこだわる専門店も増えました。絞りたてのクリームはふんわりと空気を含み、口に入れた瞬間に溶けるような軽やかさ。それでいて栗の旨みはしっかりと残り、鼻を抜ける香りがたまらなく食欲をかき立てます。秋の短い季節だけに楽しめるモンブランを求めて、開店前から行列が絶えない名店が各地に生まれているのも、納得の人気です。
さらに、カフェや洋菓子店では「モンブランパフェ」「モンブランタルト」「モンブランロール」など、モンブランをベースにした創作スイーツが次々と登場しています。季節限定の特別仕様や、産地直送の栗を使ったプレミアムラインなど、その表現は年を追うごとに豊かになるばかり。もはやモンブランは「秋の定番ケーキ」という枠を超え、日本のパティシエたちが腕を競う創造の舞台となっているのです。
1933年、自由が丘のひとつの洋菓子店で芽吹いた小さな情熱が、今や日本の秋を象徴するスイーツ文化へと大きく花開きました。黄金色のクリームがこんもりと盛り上がるあの美しい姿の中に、アルプスの白い山への憧れと、日本人ならではの繊細な栗への愛情が、ぎゅっと詰まっているのです。次にモンブランを口にするとき、その一口にこめられた長い旅と物語を、ぜひ一緒に味わってみてください。