棒状に成形した生地を油で揚げ、黒蜜をからめてカリッと仕上げた「かりんとう」。駄菓子屋の定番でありながら、老舗の高級和菓子としても扱われるこのお菓子は、実は起源も名前の由来もはっきりしない、謎の多い和菓子です。編集部が公式資料・文献をもとに、その誕生の背景と広まりを整理しました。
かりんとうの発祥地はどこですか?
はっきりした発祥地は分かっていません。奈良時代に遣唐使が伝えた唐菓子を起源とする説のほか、南蛮菓子起源説などがあります。記録の上では、江戸時代後期の天保年間(1830〜1844年)に江戸・深川の山口屋吉兵衛が「花りんとう」の名で売り出して評判となったことが大きな画期とされ、明治8年(1875年)ごろには東京・浅草仲見世の店が黒糖を使ったかりんとうを売り出し、全国に広まっていったとされています(Wikipedia「かりんとう」より)。
かりんとうの名前の由来は何ですか?
諸説あり、確かなことは分かっていません。食べたときの「カリカリ」という音に由来する説、江戸時代に来航した蒸気船「火輪船(かりんせん)」に由来する説、果実の花梨(カリン)の木目に似ていることに由来する説などが伝えられています(三幸製菓公式サイト「おちゃのま」より)。
関東と関西でかりんとうに違いはありますか?
あります。Wikipedia「かりんとう」によれば、関東のかりんとうは生地の発酵を長めに行うため柔らかく軽い食感で白砂糖の蜜が使われることもあり、関西では生地を硬めにこねるため食感が硬めで、兵庫県姫路地方では「播州駄菓子」と呼ばれる駄菓子として発達しました。東北地方でも岩手・秋田・宮城など地域ごとに形状や味付けのバリエーションがあります。
まとめ
編集部として調べてみると、かりんとうは起源にも名前の由来にも複数の説が残る、謎の多い和菓子であることが分かりました。記録の上で確かなのは、天保年間に江戸・深川の山口屋吉兵衛が「花りんとう」として売り出し評判を呼んだこと、そして明治8年ごろ浅草仲見世から黒糖かりんとうが全国に広まっていったことです。次にかりんとうを手に取るときは、こうした歩みにも思いを馳せてみてはいかがでしょうか。
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出典:Wikipedia「かりんとう」(参考文献:宮崎正勝『知っておきたい「食」の日本史』角川学芸出版、常盤堂製菓「播州かりんとうとは」)/三幸製菓公式サイト「おちゃのま」かりんとうの歴史解説
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