キャラメルはいつ日本に広まった?由来と歴史を徹底解説|森永太一郎が挑んだ、日本の気候を越えるひと粒のお菓子

当ページのリンクには広告が含まれています。
  • URLをコピーしました!

黄色い箱にひと粒ずつ紙で包まれて並ぶキャラメル。誰もが知るこの定番のお菓子は、実は「高温多湿な日本の気候に合わず溶けてしまう」という大きな壁を乗り越えて今の形にたどり着いたお菓子でした。なぜミルクキャラメルという名前になったのか、そしてどのように日本で広まっていったのか。編集部が公式情報や文献をもとに、キャラメルの世界的な起源と日本での誕生の物語を整理しました。

キャラメルはいつ日本に伝わりましたか?

森永製菓の創業者・森永太一郎が、足かけ12年に及ぶアメリカでの修業を経て1899年(明治32年)に帰国し、東京・赤坂にわずか2坪の工場「森永西洋菓子製造所」を設立してキャラメルづくりを始めたのが、日本におけるキャラメル製造の出発点とされています(森永製菓公式サイト沿革ページより)。

「ミルクキャラメル」という名前はいつから使われていますか?

1913年(大正2年)に初めて「ミルクキャラメル」という商品名が使用されました。これが現在まで続く商品名の始まりです(森永製菓公式サイト沿革ページ、Wikipedia「森永ミルクキャラメル」より)。

黄色い箱に描かれているエンゼルマークの由来は何ですか?

1905年(明治38年)、森永製菓が当時よく作っていたマシュマロが「エンゼルフード」と呼ばれたことにちなんで「エンゼルマーク」を商標登録したのが始まりです。以来、森永製菓のシンボルとして現在まで受け継がれています(森永製菓公式サイト沿革ページより)。

まとめ

キャラメルは、クレタ島から十字軍を経てヨーロッパへ、そして明治の実業家・森永太一郎の手によって日本へともたらされたお菓子です。高温多湿な気候で溶けてしまうという弱点を改良に改良を重ねて克服し、1913年に「ミルクキャラメル」という名前を得てから100年以上、黄色い箱とエンゼルマークは今も変わらず愛され続けています。編集部としては、ひと粒のキャラメルに込められた試行錯誤の歴史を知ることで、いつものおやつがまた少し違った味わいに感じられるのではないかと思います。

ほかのお菓子の歴史も読む(総合ガイド)

※本記事はアフィリエイト広告(PR)を含みます。

この記事を書いた人

スイーツギャラリー編集部

全国のお取り寄せスイーツと和菓子・洋菓子の歴史を専門に調査・執筆しています。記事は公式サイト・Wikipedia・業界団体などの一次情報をもとに作成し、諸説ある場合はその旨を明記しています。

運営者情報・編集方針はこちら

よかったらシェアしてね!
  • URLをコピーしました!

この記事を書いた人

全国47都道府県のスイーツ・銘菓を食べ歩くスイーツ愛好家。楽天市場でのお取り寄せ歴10年以上で、本当に美味しいものだけを厳選してご紹介しています。チョコレートとチーズケーキが特に好き。地方の隠れた名品を発掘するのが何よりの楽しみです。

目次