麩菓子の発祥はどこ?いつからある元祖・由来と歴史を解説|中国伝来の麩から昭和の鍵屋製菓まで

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「麩菓子(ふがし)の発祥はどこ?いつからあるの?」――結論からいうと、原料の「麩」と、甘い棒菓子としての麩菓子は発祥が別と考えると分かりやすいです。原料の「麩」は古代中国で生まれ、鎌倉時代に禅宗とともに日本へ伝わりました。いっぽう、いま私たちがなじんでいる黒蜜をからめた棒状の甘い麩菓子は、昭和24年(1949年)に東京都墨田区の鍵屋製菓が発売した「特製ふ菓子」を起点に全国へ広まったとされています(出典:Wikipedia「麩菓子」)。つまり“麩菓子の発祥の地”は、素材のルーツをたどれば中国、甘い駄菓子としての発祥をたどれば東京・下町、というのが実情です。以下で元祖・由来と歴史をくわしく解説します。

よくある質問(FAQ)

麩菓子の発祥はいつ、どこですか?

原料の「麩」は古代中国生まれで、鎌倉時代に禅宗とともに日本へ伝来しました。現在のような黒蜜をからめた甘い棒状の麩菓子は、昭和24年(1949年)に東京都墨田区の鍵屋製菓が発売した「特製ふ菓子」を起点に全国へ広まったとされています(出典:Wikipedia「麩菓子」)。

麩菓子の主原料と作り方は?

小麦粉のたんぱく質成分であるグルテン(麩の素)が主原料です。小麦粉に水を加えてこね、でんぷん部分を洗い流して取り出したグルテンを生地にし、棒状に成形して乾燥・焼成したのち、黒蜜をからめて作られます。

麩菓子の代表的な老舗は?

東京に本社を置く鍵屋製菓が代表的な老舗メーカーです。代表商品「ふ菓子」は、現在も全国のスーパーやコンビニ、駄菓子屋で販売されています。

まとめ ― 鎌倉から昭和へ、姿を変えて受け継がれた麩菓子

鎌倉時代に中国から伝わった「麩」は、江戸時代には醤油仕立ての茶菓子・酒の肴として親しまれ、私たちになじみ深い黒蜜の甘い棒菓子としての麩菓子は、昭和24年(1949年)に鍵屋製菓が発売した「特製ふ菓子」を起点に広まったと考えられています。同じ「麩」という素材が時代とともに姿を変えながら受け継がれてきた点に、麩菓子の奥深さがあります。駄菓子屋の軒先で育まれた庶民の食文化は、今も日本の菓子文化の一つとして大切に受け継がれています。

次にふがしを食べるときは、その一本一本に込められた歴史の変遷を思い浮かべてみると、いつもと少し違った味わいを感じられるかもしれません。

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出典:Wikipedia「麩菓子」(参考文献:小柳輝一『甘辛の間食文化 嗜好品』/初見健一『まだある。今でも買える”懐かしの昭和”カタログ 駄菓子編』)

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スイーツギャラリー編集部

全国のお取り寄せスイーツと和菓子・洋菓子の歴史を専門に調査・執筆しています。記事は公式サイト・Wikipedia・業界団体などの一次情報をもとに作成し、諸説ある場合はその旨を明記しています。

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全国47都道府県のスイーツ・銘菓を食べ歩くスイーツ愛好家。楽天市場でのお取り寄せ歴10年以上で、本当に美味しいものだけを厳選してご紹介しています。チョコレートとチーズケーキが特に好き。地方の隠れた名品を発掘するのが何よりの楽しみです。

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